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マインドコントロールと親鸞会の真実


ミナミの帝王に学ぶ ビジネス現場でのマインドコントロール手法(5/5)

5.権威性

「人は権威者がいるとき、その人に行動の責任をあずけて、命令に自動的に服従しやすくなる」

これについては、『肩書きの法則』として紹介されています。

「ミナミの帝王」に出てくる、実は詐欺師である自称経済心理学者の花森も、これを悪用しています。


客「花森センセはあなたもさっき言うた通り、立派な経済心理学者やおまへんか!」

萬田
「そうだす 経済心理学者だす 皆さんはまず、この「肩書き」にやられとるんだす!
人は誰でも「肩書き」に弱いもんだす
これを「肩書きの法則」と言うンだす!!

ワシ等はみんな肩書きに弱い。
大学教授、国会議員、医者、弁護士、社長、この肩書きを名乗られただけで萎縮し、その人を無条件で信用してしまう傾向にありま

そうそう国会議員の選挙では、有名芸能人が応援に駆けつけ大いに集票に役立っています。

コレなんかはあの有名人が推薦するんやから間違いないやろ という意識が働いてまんねんやろ

つまり、有名である……と言うことも、肩書きの一つになっているようでンな……
さて
何でワシ等はこんなにも肩書きに弱いのか……?その大きな理由がガキの頃から肩書きのある人に従うようにと洗脳され続けてきたからでしゃろ」

ここで、主人公の萬田銀次郎は、「洗脳」という言葉を使っています。
洗脳という言葉を、敢えて使うのなら、教育も、マインドコントロールも、一種の洗脳に違いはありません。

では、肩書きのある人に従うように、教育(洗脳)することは悪いことなのでしょうか?

再び、萬田銀次郎

小学校になると、教師の言うとおりにしなさい……と教えられてきた。
悪いことすると、お巡りさんに言いつけるとオドされた
そしてこれらの言いつけに従うことは正しかった!
医者は病気を治してくれたし、教師は学問を教えるプロであったし
お巡りさんによって、治安は守られて来たからだす。
肩書きを得ることは、難しいし、またそれを得た人間は信用できる人物だす。
その人たちを信用し、従うことは無駄を省き、効率よく目的を達成するために役立ってきました。
従って、
『肩書きの法則』は正しい!!

教育それ自体、一般に認められている権威を重んじること自体は悪いことではありません。
それを悪用するのが、詐欺師です。
自称経済心理学者、花森も肩書きを詐称し、詐欺をはたらいていました。

以上、紹介したように、人間の情報処理行動を分析し用いられる手法は、ビジネスの現場では古くから盛んに行われているものばかりです。


問題なのは、その団体の目的と行動

しかし、この手法そのものの善悪は、どこでも論じられてはいません。
それを使って、社会的犯罪を犯す団体が今までもありましたし、今もあるというのは紛れもない事実。

だから「マインドコントロール=悪」というステレオタイプな印象を持っている人が多いのも現実です。

それを利用して、「その手法を用いている団体=悪」というイメージを親鸞会に対して植えつけようと、本願寺の僧侶らはしているのですが、 手法自体が悪なのではなく、あくまでその団体の目的、行動が反社会的か、違法性があるかどうかを問題にすべきではないでしょうか。

親鸞会では、善因善果、悪因悪果、自因自果の因果の法則がいろいろな具体例を通して説かれます。それが仏教そのものの教えだからです。そして因果の道理の結論は廃悪修善ですから、仏法を聞いている人は次第に自分の行為を正し、少しでも善いことを実践しようとするのです。

失敗したときはその原因を究明し、反省向上しようと努力します。因果の道理を正しく実践することで、日々人生が確実に善い方向に向かって進んでいくのです。

果たしてこれが、マインドコントロールなどという言葉で批判されるべきことなのでしょうか。

本願寺の批難は、正当なものなのでしょうか。もちろん、本願寺のすべての僧侶が、このような悪意で親鸞会を中傷しているとは思いません。心あるまじめな方もおられることも承知しています。しかし、そういう悪僧たちが事実存在し、ことあるごとに親鸞会を誹謗し、それを本願寺当局が容認していることは、まぎれもない事実であります。

「被害家族の会」というのは、それらの悪僧たちによってつくられたものであり、ある意味では自分は犠牲者だといわれる方々は、彼らによってだまされているとも言えましょう。

お子さんと正面から向き合って、親子でじっくり話し合われれば解決するはずのことが、

「あなたのお子さんは、親鸞会によってマインドコントロールされているのです」

などと僧侶たちに言われるものですから、不安をあおられ感情的になり、「とにかく親鸞会をやめろ、聞くな」の一点張りで、話し合う余地のない方も見受けられます。

「自分たちは犠牲者なんだ」という意識を強烈に植え付けられるからでしょう。まさに、僧侶たちのマインドコントロールによるつくられた犠牲者とは言えないでしょうか。

親鸞会では、そういう場合、必ず「ご両親とよく話し合って決めなさい」と言われているはずです。

繰り返します。


親鸞会の過去50年の歴史には、これまで違法行為を問われたことは一度もありません。これだけ長い歴史を持ち、これだけ活発に展開している宗教団体としては、特筆に値することだと思われます。

因果の道理の仏説に基づいて、悪いことをやめ、善いことをしましょうと勧める親鸞会が、マインドコントロールしているのなら、仏教の教えそのものがマインドコントロールということになります。また、純粋に、親鸞聖人の教えを明らかにするためだけに存在する親鸞会が「カルト」だというのなら、親鸞聖人の教えそのものがカルトということになってしまいます。

本願寺僧侶たちの批難が、いかに悪意と無知からくる無責任なものか、お分かりいただけるでしょう。

 

 



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マインドコントロールとは何か?
「親鸞会で教えるマインドコントロールとは無関係な真実」について